愛馬アイオロスシチー 引退


前々走は出走数は10頭と美味しい特別戦にもかかわらず、

9番人気10着とシンガリ負け。

未勝利クラスの馬にも敗れ散々。


前走も未勝利馬3頭を含む12頭のシンガリ入線。

持ち時計最速のアイオロスが無様な競馬。

しかし、中1週の強行軍に追い切りの動きの悪さとレース前からわかっていたこと。

問題はこんな状態で脚元不安のアイオロスを出走させた調教師。


やはり状態は相当悪かったようで、そこから7か月の放牧へ。


2011年6月6日に美浦トレセンに帰厩を確認しましたが、

6月23日に放牧を確認しました。

右後脚繋靭帯炎と6月27日に引退が発表されました。

(2011年6月30日完結)

2011年6月6日立ち上げ

●前走後、松風馬事センターに放牧に出されていましたが、6月6日に帰厩を確認しました

 前走後、予定通りのシンガリ負け後、松風馬事センターに放牧に出されていた我らが愛馬アイオロスシチーですが、2011年6月6日に美浦トレセンへの帰厩を確認しました。

 前走前の追い切りは散々で、出走前から凡走のわかる状態。格下の未勝利馬3頭にも交わされプライドはズタズタ。あんな状態で出走させなければここまで回復が遅くなることもなかったはずなのに、故障で2年間も療養生活を余儀なくされた揚句、復帰後いいところなく引退した愛馬ディヴァインシチーとダブります。

 そもそも松風馬事センターに行くということは相当酷い状態。クラブは隠蔽体質で、何があってどういう状態なのかはさっぱりわからず、どうしようもない状態。

 おそらく、出走しても凡走を繰り返すばかりで勝ち負けどころか出走奨励金にもありつけないでしょう。

これ以降は6月24日に作成

●無理に早期に戻したことから、故障発生で再放牧に

 まだ脚元が完治していないアイオロスシチーを厩舎事情という勝手な都合により無理にトレセンに戻して調整していた嶋田功調教師ですが、ついにやってしまったようです。

 以下は6月20日に更新されたクラブ公式HPアイオロスシチーの近況報告です。

 「獣医の診断の結果、腱周囲炎の可能性が強く再度エコー検査を受ける予定です。その診断により今後について進路を決める予定です。」(嶋田功調教師)

 ということで、6月23日に我らが愛馬アイオロスシチーの放牧を確認しました。右後脚繋靭帯炎ということで重傷です。引退は必至と思われます。元々ここ数戦は脚元の状態が悪く未勝利馬にも負ける始末。以前のような能力で走ることはもう不可能です。

 引っ張り過ぎた感は強いですが、なかなか勝ち星が挙げられない厩舎事情から仕方なく、もうここらが潮時だと思います。愛馬ディヴァインシチーも調整に失敗して屈腱炎を発症させ、復帰後は全く良いところを見せられなかった師ですが、今回も何度も踏んでいる同じ轍を踏みそうです。

これ以降は6月30日に作成

●ついに引退

 6月27日に更新されましたクラブ公式HPアイオロスシチーの近況報告には次の通りです。

調教師と相談の結果、右後脚繋靭帯炎の回復には時間がかかると診断され、残念ながら引退することとなりました。

 というわけで、我らが愛馬アイオロスシチーの引退が正式に発表されました。


 もうこれは年齢的にも再発ということからも仕方がないですが、もっと早い決断゛かなかったことが残念です。そして、帰厩を急ぎ過ぎたせいでの再発という気がしてなりません。

 とはいえ、昨年末の走りは散々でしたし、2009年の年末に故障を発生した時点でもう競走馬としては終わっていたのでしょうね。たまたま馬房がガラガラの厩舎だった為にギリギリまで粘られたというところではないでしょうか。

●まともなら2勝は出来た馬

 デビュー前は2勝は確実と言われ、実際早い段階で500万クラスで2着と能力を見せていたアイオロスシチーですが、過度な調教や(嶋田功調教師は鍛えて弱馬を強くするが、度を超えてしまい馬を壊してしまう場合が多い)、無理な出走による繋靭帯炎の発症に再発、そして落ち目になった時のメンタル面のケアの無さから、結局1勝馬で終わってしまいました(涙)。


 この馬がメンタル面を重視する勢司和浩調教師や小島茂之調教師だったらどうなっていたのかとふと考えます(もちろん出走回数はもっと減っていたでしょうが)。


 嶋田功調教師の血統的に見劣りする馬を鍛えて強くする考え方は好きですが、騎手の進言を聞かなかったり(蛯名正義騎手が距離が忙しいと言っているのに耳を貸さなかったり)、壊してしまった馬のケアであったり、メンタル面の矯正については賛同できるものではありませんでした。

 そういうところも全て含めての馬選びですし、アイオロスにはいろいろと勉強させていただきました。


 過酷な条件の中、良く6歳まで22戦頑張ってくれました。私は今後どんな素晴らしい愛馬に出会っても、この名前を忘れることはないでしょう。


 特に印象的だったのが初勝利の時のことで、デビュー戦は5番人気と期待されながら14着と突然の失速でがっかりし、また2戦目の前日に仕事で失敗して少し落ち込んでいた時の嬉しい13番人気での優勝でした。この優勝で落ち込んでいた心がかなり和みましたし、本当に助けられました。

 続く3戦目の昇級戦でも2着といいところを見せ、少なくとも2勝目は確実と思われましたが、上手く歯車がかみ合わず、結局たった1勝で引退することになりました。

 それでも22戦も長く楽しませてくれましたし、途中の4戦連続掲示板を確保した時などは毎回アイオロスシチーの出走が楽しみでした。大赤字でしたが、良い馬と巡り合えたと感謝しています。


 アイオロスシチー、お疲れ様でした。たくさんの夢を、思い出をありがとう。

これを持ちまして、2007年7月24日から追いかけ続けた愛馬アイオロスシチーの特集は終了させていただきます。

最後までご愛読ありがとうございました

2011年6月6日立ち上げ 24日、30日加筆
アイオロスシチーの過去の特集をご覧になりたい方はこちら

2010年11月13日 第22戦 500万下 福島ダ1700m (12着/10番人気)

2010年10月31日 第21戦 小野川湖特別 500万下 福島ダ1700m (10着/9番人気)

2010年10月17日 第20戦 500万下 東京ダ1400m (9着/14番人気) Uraga様撮影パドック写真付き

2009年12月26日 第19戦 500万下 中京ダ1700m (15着/10番人気)

2009年11月14日 第18戦 500万下 福島ダ1700m (3着/5番人気)

2009年11月 1日 第17戦 500万下 東京ダ1400m (12着/5番人気)

2009年 9月26日 第16戦 500万下 新潟ダ1200m (11着/5番人気)

2009年 8月 9日 第15戦 500万下 新潟ダ1200m (8着/5番人気)

2009年 6月14日 第14戦 500万下 東京ダ1300m (4着2番人気

2009年 6月 7日 第13戦 500万下 東京ダ1400m (4着/9番人気)

2009年 5月17日 第12戦 500万下 東京ダ1400m (4着/5番人気)

2009年 5月 2日 第11戦 高田城特別 500万下 新潟ダ1200m (5着/8番人気)

2009年 4月 4日 第10戦 500万下 中山ダ1200m (6着/10番人気)

2009年 2月14日 第9戦 500万下 京都ダ1200m (16着/13番人気)

2009年 1月 5日 第8戦 500万下 中山ダ1200m (16着/8番人気)

2008年 6月14日 第7戦 3歳500万 東京ダ1400m (7着/8番人気)

2008年 5月25日 第6戦 3歳500万 東京ダ1400m (5着/6番人気)

2008年 5月 3日 第5戦 3歳500万 東京ダ1600m (11着/4番人気)

2008年 3月30日 第4戦 3歳500万 中山ダ1200m (9着/3番人気)

2008年 2月23日 第3戦 3歳500万 東京ダ1400m (2着/3番人気)

2008年 1月19日 第2戦 3歳未勝利 中山ダ1200m (1着/13番人気)

2007年12月22日 デビュー戦 2歳新馬(混合) 中山ダ1200m (14着/5番人気)

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